実践!一人暮らし
あたる生活
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各駅停車の鈍行に揺られながら実家のある町まで戻る道中、早乙女は大変憂鬱でした。突然鮨屋を辞め、それから長い間連絡もなく行方知らずのままなのですから、いまさらどうやって話したところで親にたいして不義理を働いた事実は消えません。
しかしこの帰郷は心配しているかもしれない家族への顔見せの意味でありますから、やはりここで一度帰らなくてはならないのだと思ったのです。


ようやく辿り着いたのはもうどっぷり日の暮れた夜でした。灯りの洩れる戸を開けると父と母は食事を終えてテーブルでくつろいでいるところでした。早乙女はすぐに「すんませんでした」と頭を下げました。ふたりはきょとんとしていたのですが、すぐに「あっ」「おおっ」とおどろき、母にいたっては「きゃー!」と叫ぶなど案の定取り乱したのですが、どうにか事態を呑み込みこんでもらえました;

ふたりはおどろいたものの、特別怒るわけでもなくたんたんと話す早乙女のいままでのことを、まるで紙芝居でもみているような表情できいていました。おそらく話からいろいろな光景を想像していたのだと思います。


思いのほかあっさりと再会を果たせたことに早乙女は安堵しました。
「いままで」のことのつぎに考えなくてはならないのは「これから」のことでした。早乙女はこのまま家に残ることはしたくありませんでした。ここでまた家族と暮らすのは学生時代となんら変わらない、ただの長い家出だったという気がして釈然としなかったのです。

翌朝にはみんなすっかり落ち着いていました。会話はどことなくぎこちなかった気もしますが、本当に長い夢から覚めただけのような、早乙女の知っているいつもの光景でした。

一人暮らししてみようと思う、と早乙女はいいました。
そうしてくれ、と父はいいました。


なんでも早乙女が行方不明のあいだ近所の世間体を気にした家族は、「遠くの街で立派に一人暮らしして働いている」と、だれかに聞かれるたび吹聴していたようなのです。ということはいまこうして早乙女が家にいることは、ふたりにとってとても体裁がわるいことなのでした。


早乙女は居酒屋でこつこつと貯めていた給料を資金に、再度地元をはなれました。
一人で不動産屋に行き、それから一週間後、築15年の二階建て7.5畳ワンルームアパートが自分にとって正真正銘の初めての城になったのでした。


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