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>入居後編>エンジェルリング>キングオブルーキー 美女と野獣 |
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バーテンダーに限らずお客さんと顔を突き合わせるカウンター商売は、必然とひとの顔色を見ながらの仕事となります。エスパーにでもなればそんなことをしなくてもお客が今何を望んでいるか手に取るようにわかるのでしょうけども、早乙女のような才のない男はどうしても経験を積んでいきながら感覚を養うしかないのであります。 昔、バーで働いていた頃、ピチピチの小僧だった早乙女がカウンターの中でグラスを洗っていると、入り口の扉が開いて二人の男女が入ってきました。 「いらっしゃいませ」と声をかけてカウンターにメニューを開げて立つと、早乙女はギョギョっと二度驚いてしまった。 薄暗く妖しい灯りに照らされた女の美しさときたら、石のように凝り固まった背筋までも思わずぴんと伸びてしまうほどでありまして、彼女の半径壱メートルは神々しいオーラで空気まで違って見える始末。かつて見たことの無いくらいの花も恥らう絶世の美女でありました。 あんまりあからさまに見とれてしまうのも品が無いと思いましてすぐに隣りに目玉を動かすとこれまた仰天、前、横、斜めどの角度から見てもすぐにそれと分かるガッチガッチの極○ではありませんか。 年の頃40代〜50歳くらい、まるでVシネマのなかからひょっこりやってきたかのような貫禄充分の大オヤジでございます。 早乙女、いっちょまえに黒のベストなどを着てすかしておりますが、まだまだ修行の足りない未熟者でして、たちまちベソをかきながらマスターを探しますと、運わるく常連客との会話が弾んでいる様子でこっちのことなど全く気にしちゃいない。じゃあチーフは、とも思いましたが、自分と同じ年の女の子に恐いから場所を変わってくださいましなんて頼むことも気が引けるわけでして、ここは「ええい、ままよ」と腹を括ったのでありました。 そんな早乙女の心中なぞツユ知らず「オウ、響入れてくれ」と大オヤジ。女が耳元でヒソヒソとなにか囁くと「それと、スクールドライヤだ」というので、「ス、スクリュードライバーですね?」と訊き直すと「オウオウそれだ」といってしきりに早乙女に向かって片方の目をしぱしぱ瞑るのでした。 最初は神経痛かなにかかな、と思っていたのですが、どうも様子がおかしい。女は自分で頼むのが恥ずかしいのか、注文はヒソヒソと耳打ちをして男にさせるのですが、その度大オヤジは早乙女だけにわかるようにぎゅっと片目を瞑るのです。杯を重ねるごとにその力の入り具合が強くなってきたので、いよいよ早乙女が真剣に考え始めたところ、どうやらあの仕草は平たく言うところのウインクではないかと思い当たったのでありました。 どうやら○道に求愛されちまったらしい、と合点した早乙女は百合のような白いお顔にほんのりと化粧をのせてウォッカトニックなんぞを御淑やかに飲んでいる美女を見て、しかしこんなに綺麗なひとをはべらせておきながら男にまで興味があるなんて面白いひとだ。でも、それが人間のサガでもあるんだろうなあ、などとしみじみ思い耽ったのでありました。 だが、そうとわかれば早乙女は全くノンケなのでありまして、それ以降、男がいくらぐいぐいと星が散りそうなウインクをかまそうが目を合わせず無視を決め込みました。 人間とは不思議なもので、恐れ戦き腫れ物に触るように接した相手でも、自分に好意があるとわかると急に余裕が出てきて楽にあしらいたくなる。緊張していた筋肉が弛緩しきった頃、女がそろりと椅子から降りて控えめにフロアの端を歩いて化粧室に入った。 その後ろ姿を見送ると、大オヤジは舌打ちを零して早乙女をジロリと睨みました。 「オウ、兄ちゃん。案の定ちっともキいてねえじゃねえか」 早乙女がぽかんとしていると、「ばかやろう、あの女は見ての通りなかなか酒が強え。おまけに身持ちまで滅法かてえときてやがる。俺がおめえに合図してんのはアレしかねえだろう」 ここまで言われて早乙女は初めてウインクの意味を悟ったのでした。この男は「女とねんごろしてえからカクテルの調合を変えて出せ」と言っていたのです。早い話が気に入った女に隙がないから酔い潰して強引に持ち帰っちまおうという腹積もりなのでありました。 早乙女は口を開けたものの言葉が喉に詰まって出てこない。弁解やら人道やら言いたいことは山ほどあるのですが、結局はお客の意図を読み取れない気の利かない小僧であることは間違いないのでありまして、自分のケツの青さに照れ笑いを浮かべて茶を濁すしか開ける引き出しは残っていませんでした。 「兄ちゃん、何でもその道を極めようと思ったら一生死ぬまで修行と覚悟を決めて、あれこれ選り好みなんかしねえで全部吸収するこった」 大オヤジはグラスの響を飲み干した。 早乙女は胸の内を見透かされ、すっかり参り頭を上げることができませんでした。 前へ← メニュー 次へ |