実践!一人暮らし‐あたる生活 >入居後編>部屋干しで悩む>シケモク落日

くわえ煙草のブルース



煙草を吸うひとならご存知でしょうが、シケモクというのはいわゆる消した吸殻にまた火をつけて喫煙することであります。
早乙女は今でこそ非喫煙者でありますが、かつては煙が吸えるところなら何処でも吸う大変行儀のわるいスモーカーでありました。それ故に金が無いときなどこのシケモクにはずいぶんと窮地を救われており、副流煙を吸い込むたんびに被害者面してゴホゴホと咳き込むふりをする今日でも、灰皿に転がっている吸殻を見ると胸が淡くときめいてしまう、そのくらい愛おしさが込み上げてくるのであります。

煙草が体に及ぼす害については昨今の健康ブームに乗っかったテレビ特集などで情報が巷に蔓延していますしここでわざわざ述べませんけども、煙草が健康に良いと思って吸っているひとなどそもそも皆無なのでありまして、むしろ若いひとなんかはニコチン、タールの強い煙草を吸うことがカッコイイと考えている節すらあります。


それとパッケージのデザインも重要でして、同じ毒を咥えるならやはりセンスのいい箱を持ち歩いて、洒落たジッポーなんかでかっこよく火をつけたいと思うのが自然の成り行き。
特に、この火をつける瞬間というのは気分が最高に高揚する時でして、眉間に皺を作ってみたり憂のある目で遠くを見やったり、自分なりのカッコイイポーズでキメることで「どう? 俺」とさりげなく周りにアピールしたりします。ここで気を抜くと鼻水が垂れたり前髪をちりちり焦がしてしまうので、頭の中は舘ひろしをイメージしたりして一連の動作に隙を作らぬよう気合を入れるのであります。

カッコイイといえば、早乙女なぞはくわえ煙草に憧れたタチでして、唇の端で煙を燻らせては渋みのある顔のつもりで歩いてみた。歩くといってもすたすたと健康的に歩いてはいけない、くわえ煙草はチンタラ気だるそうに歩くのが似合うのだと思います。出来れば両手もコートのポケットに突っ込んでおくことが好ましいし、煙が目に染みると痛くてたまらないのでサングラスはあったほうがいい。
できれば煙草自体も新品の真っ直ぐな奴じゃなくて、次元大介みたいに皺になった奴を咥えていたほうが絵になるのであります。


早乙女が恐る恐る初めて火をつけた煙草の銘柄がキャスターマイルド。だが、ある大人に「おっさん煙草じゃん」といわれてしまい、それにぐらりと動揺しつつ次にポケットに忍ばせたのはマイルドセブン。しばらくこれで落ち着いたのですが、どうもフィルターが茶色いほうがかっこよくみえる気がして手を出したのがマルボロとラッキーストライク。だけどマルボロを吸っているひとは結構いたので、ひねくれ坊の早乙女はラッキーストライクにするべえと心に決めたはずが、気分転換に咥えたメンソール煙草のクールにはまってしまい、最終的にはラッキーストライクとクールを交互に買いながら生活するはめになりました。
イガイガした味のラッキーの後にクールのメンソールを喉に流し込むと、脳みそまでフローズンしたようにシャキンとしたものです。


一日にたしなむ煙草の量は平均20本程度でしたが、晩年は煙を吸い込むと胃がぎゅううっと小縮して吐き気を催すことが度々ありました。空腹時などはひどいもので、涙目になりながらおえおえ咽るものの何も出てこず、腹の中の胃がぺろんと引っくり返ってしまわないように心配しなくてはなりませんでした。

そんな日々に別れを決心したきっかけは一匹の生後間もない仔猫でありました。
物言えぬ飼い猫の、煙に耐え忍ぶ小さな顔は医者の百の忠告より心に突き刺さります。はっと気づいたら、窓を開けて煙草を箱ごとぶん投げていました。



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