実践!一人暮らし-あたる生活 >お部屋編>いざ契約>待ちわびた朝2話

ながもち



午後になって陽がいちばん高くのぼったころ、これはいかんと再び商店街まで戻り小さな電器屋に入りました。
外の天気が良い分店内は薄暗く、白い蛍光灯に照らされたトースターや洗濯機の上の埃が温もりと言えばそう見.えないこともなく、たとえそれが大きなデパートにはない野暮ったさみたいなものであってもどことなく許せてしまう、そんな停滞した空気がこの個人商店にはありました。

テレビに使う予算はあらかじめ決めてあったので、この店の少ない品数に照らし合わせるとたちまちこっちかそっちかというような二択まで絞り込めてしまい、まあ、たかだか安物のテレビ程度でうんうん悩むのもなんだしちょうど良かったはずなのですが、ほんのちょっとだけ、ここはやめてべつのところにしようかと決して思わないこともなくはないのでした。


ところが奥の茶の間から、うい、と商売気のない顔を覗かせた主と思われる老人が、そのテレビやぁそこに置いてあるもんしか今ないだよ。その、右っかわのやつで良ければ剥き出しだし安くすっから、持っていきなよ。と愛想のない声で早乙女に怒鳴るものですから、選んだり考えたりするのをやめてありがたく値引きして戴くことにしました。

ただ心配もあり、それは買ったはいいけどもここからアパートまでこの四角くぶ厚いテレビを担いで持って帰る自信はなく、せめて台車でも貸してもらえるなら助かるのだけれど、それは可能なのか確認してみようと思いました。
すると主はだいじょうぶわかってんよというふうに学校で使う学習ノートを差し出して、ここに住所を書いておいてちょうだい、あ、名前も忘れないでよ後でトラックで運んでやっからさと慣れた手つきで指差しました。

早乙女はそらで書けない自分の根城の住所を、財布に入れてあるメモを取り出してノートに写しました。書いている間ずっと皺だらけの主にそれを見られていて、まるで幼子が大人に漢字を教わっているような光景かもなと、微妙な恥らいを覚えたりするのでした。


部屋に帰って横になるなり時間を確かめようと壁を見るのですがなにもないことに気がついて、そうだ時計を買ってくればよかったんだと後悔しました。
しばらくしてチャイムが鳴ったのでドアを開けると、中年の男性が汗をだらだら息も荒く、さきほど購入したテレビを足もとに置いておまたせしましたと言おうとしたみたいですが、本当にゼイゼイと苦しそうに息を切らしていてそれもままならない様子でしたので、重かったですか? と早乙女が尋ねたところ、ええ、手前で車両進入禁止になってしまったものですから100メートルくらい歩いて持ってきましてはい…。と路地を振り返って額の汗を腕で拭いました。

男はあの主の息子だったのですけれど親に似ず丁寧な物腰で、紙に受け渡しのサインをするようにと促され、それをしてお返しするとありがとうございましたとこれまた主から聞けなかった言葉を残して立ち去りました。
ドアの前に置かれた黒くごついテレビを早乙女はうんしょと持ち上げて部屋の隅まで運んだのですが、たったそれだけの距離を移動しただけで腕が攣ってしまいそうなほど重く、ああわるいことをしてしまったと車両進入禁止の標識を思い出し苦々しい気分になるのでした。



この日に買った旧式箱型テレビは幾度も置き場所を変え長い年月を経て、現在もなお早乙女宅で立派に活躍中です。



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