実践!一人暮らし-あたる生活 >入居後編>食器はたくさん欲しいけど>男気ラーメン2話

OTOKOGI



たとえば「男気」なんていう言葉から連想するラーメンといったら、早乙女の場合ニンニクがきいたスタミナのつきそうなやつだったり、チャーシューや玉子がどかんと乗っかった豪快なやつだったりするのですが、目の前に置かれたこのお店の「男気」はスープと麺と海苔一枚、ドンブリに入っているのはたったそれだけでした。

見た目だけなら家で作るインスタントのしょうゆラーメンそのものでして、かといって味に特別秘密があるわけでもない。ただ海苔がやたら大きくて、箸で捲らなければ麺が食べられないほど。
でも、安いんだからいいだろといわんばかりの開き直った代物に違いなく、こうなったらさっさと平らげて、タコ八に行ってカラシたっぷりのたこ焼きでも食い直すべえと思い、ズルズルとおとなしく喉に流し込んだのであります。


ところがいくら必死に麺を啜ってもこれがなかなか減らない。
あれえ? と箸で下から麺を持ち上げてみたらずしりと重く、こりゃ楽に二玉分はありそう。それに食べた分を加えるとおそらく2,5玉、なんとそれほどの量が海苔の下に隠れていたのでありました。

早乙女俄かに動揺し、お水を飲んで奥さんと店主を見てみた。ひょっとしたらいつも客をびっくりさせて面白がってんじゃないか、そんな風な気がするほど気前の良いラーメンでありまして、もっと高額で量が少なく味も物足りないお上品なラーメンならいくらでもある。そう考えたらプレーリードッグのように首を伸ばして、つい辺りをキョロキョロ観察してしまうのが小心者の悲しいところ。
するとブラウンの髪をバンダナで結った奥さん、早乙女とバチリと目が合ってしまい、ニコリと微笑んだ。
「スープ、オカワリアルヨ〜、イッパイタベテネ」
思わず話しかけられたせいで早乙女はさっと背中を丸め、赤面してしまうのでした。

本当はとても食べ切れなかった。でも、お店があの安さで出している以上全部食べるのが客の使命だろう、と妙な責任を勝手に背負い込みつつ、この日はなんとか麺だけお腹に入れて出てきたのでありました。


店を出た時からまたいつか来ようと決めていたのですが、バイトと生活に追われて次にやっと来ることができたのは一度目から三週間くらい経った後でした。
繁華街の表通りには私服に着替えた高校生や腹を空かせたサラリーマンなどが溢れ、ちらほらと肩を組んで飲み歩く輩が闊歩し始める時間帯です。早乙女はそれらに背を向けて、足早に暗い裏路地へと入りました。看板はあの日と同じように控えめに明りを灯していました。

扉を開けると店内はすごく賑わっていて、早乙女は前と同じようにいちばん端っこの席にそろりと座りました。
今日は普通のラーメンを食べてみるつもりでありました。
「イラッシャーイマセ〜」と相変わらず陽気な奥さんにしょうゆラーメンを注文したら、まな板でネギの仕込みをしていた店主がおもむろにメンマとかまぼこを冷蔵庫から取り出して麺を一玉茹で始めました。

カウンターの端から真ん中までを占拠したやけに賑やかな集団は、いずれも汗で汚れたシャツか作業着姿で向き合い、外国の言葉で談笑していました。手が空くと奥さんもカウンターの中からそれに加わって、やはり外国の言葉で冗談ぽいことをいい、客の男たちと楽しそうにお喋りするのでした。

それを何気なしに目の端で見ていた早乙女は、男たちの食べているラーメンが例の男気ラーメンだということに気がつきました。どでかい海苔がなによりの印です。彼らはそのラーメンを美味しそうに頬張っては仲間たちと互いに指を差しあって笑いました。
奥さんはそんな彼らを愛おしそうに見つめ、頷き、微笑みました。
店主は口を出すことはありませんでしたが、満更でもなさそうに鍋を振り、麺を湯切りました。


実はこのお店のシンプルでボリュームたっぷりの激安ラーメンは、彼ら外国人労働者のために作られたラーメンだったのでした。肉体を酷使する労働に従事している彼らのために同郷の奥さんが考案したに違いありません。外国人労働者は国に残してきた大切な家族に給料から仕送りをするために、自分は日本でギリギリの生活をしている方が少なくないのです。

まったく奥さんも男気なら、店主の男気も溢れるラーメンであります。とても2,5玉分に見合う値段じゃありません。
この「男気ラーメン」、国境を越えた熱い人々の想いで出来ていたのであります。



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