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>お部屋編>「日が良い」とは>シュークリーム日和4話 雨 |
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疲れた目を両手で押さえてデスクに肘をつくと、真っ暗な闇のなかでいつもの騒がしい職場では決して気づくことがないゴォゴォという暖房の唸る音が聞こえました。 そういう非日常ともいえる空気にちくりとあたってしまったのか到底愉快とはいえない気分でインスタントのホットコーヒーを啜れば、お腹にみしりと沁み込むような空腹感がじわじわと頭をもたげてきました。 季節こそ違えど、彼女が店にやってきたのもちょうど今くらいの時間だったな…。何故か早乙女の頭に死んでしまった彼女のことが次から次へと浮かんできて、その痛みを堪えるためにしばらく呼吸を止めました。 それは言葉や感傷ではない、純粋な痛みでした。 早乙女は残した仕事の為に気分を切り替えるつもりで外に昼食を摂りに立ち上がりました。五分ほど歩けばいつも利用している喫茶レストランがあるのです。そこで温かいものを食べようと思いました。 コートを羽織り店の出入り口のカギを閉めていると細かい雨が降っていることに気がつきました。まだ降り始めみたいだったので空を見上げたら、雲がどんよりと重なっていて、ただの通り雨ではなさそうでした。 仕事以外での社用車の使用は禁じられているため外へは歩いて行かなくてはなりません。しかしこの日、あいにく早乙女は傘を持ってきてはいませんでした。朝寝坊をして天気予報を見なかったためです。 早乙女は少し迷ったのち給湯室に行って、持ち主を失くしたあの傘を借りることにしました。 U字型の柄を握りしめて慎重に傘を開げていき最後にばちんとストッパーが上がると、綿のような埃が小さく舞い上がりました。積もった埃が、もう永久に動かない彼女の時間を見ているようで切なくなりました。 つるりとした木の柄は初めてとは思えないくらい、傘を差す手にとてもしっくりと馴染みました。ぽつぽつと次第に強くなる雨の音を聞きながら、きっと彼女もそう思ったんだろうな、と感じるのでした。 せっかく辿り着いた目的のレストランのドアにはCLOSEと書かれた板が吊るしてありました。 くしくもそのレストランと早乙女の会社の定休日が一緒だったとはこの時に初めて知ったのでした。電気の消えた黒いガラス窓には、水玉模様の傘を差した男の姿が所在なさげに映っていました。 早乙女は冷たい雨が降り注ぐ店の前で肩を落とし、腹を手で擦りました。ありつけると思った食事が目の前から取り上げられてしまい、準備運動を始めていた胃がすっかりひねくれ、何でもいいからすぐに食べ物をくれと騒いでいました。 あまり考えることもなく、早乙女は再び歩き出しました。今度は、あの日彼女を車に乗せて立ち寄ったお気に入りの洋菓子屋に行ってみようと思ったのです。シュークリームなら注文してから待たされることもありません。食べながら帰ることもできます。 そんなふうに想像したらどうしてもあの時と同じ甘くてクリーミーなシュークリームが食べたくなったのでした。 この寒い雨降りに道路を歩行するひとは少なく、かわりにワイパーを動かした車がシュワシュワとタイヤで水を切りながらしぶきを跳ね上げて行き交うその横を、早乙女はひたすら歩きました。 歩くたび、水玉模様の彼女の傘の端から涙のような雫がいくつもこぼれ落ちていきました。 傘とアスファルトの間にそびえるこの街の風景も、いつまでも同じまま在るわけではないんだ。そんなふうに考えたら、空からそっと降るだけの雨に身を縮めてとぼとぼ歩いている自分自身がやけにヤワな存在に思えました。 水を弾いた、まるで彼女のようにポップな赤い水玉の中で、早乙女の心はずっと湿ったままでした。 3話へ メニュー 次へ |