実践!一人暮らし
あたる生活
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明日なき宴



おばさんは早乙女のために風呂を準備してくれました。あの話をきいたあとに熱い湯船につかるのは落ち着かないものでしたが、すみずみの体の汚れを洗い流すことで気持ちは晴れていきました。
この時はこの家が経済的に本当に苦しんでいることにまだ実感がなかったのです。


ここには社長夫婦と給料未払いを盾にとった日雇い労働者3人、そして早乙女の6人が暮らしていました。日雇い労働者たちは朝早く仕事を世話してくれるいつもの場所に立ち、うまく仕事にありつけた者は夕方弁当と酒を買って帰ってきました。あぶれた時はひがな一日寝てるか、外にふらっと出かけて一日過していました。3人いればだれかしらが買ってきた酒で夜は決まって宴会になるのですが、酒は分けても食べ物だけは絶対に分け合うことはしませんでした。

早乙女とおばさんはいつも虫の食った古いそうめんを茹でて食べていました。朝はなくて昼夜毎日そうめんだけの生活でした。


そんななか社長はなぜか普通の食事をしていました。時には出前のカツ丼や、レバニラ炒めなどといったぜいたくなものさえ食べていました。そのことで3人の労働者たちとよく喧嘩になっていました。3人はかなり年配のはずでしたがいまにも殴りかかりそうな勢いで、そんな金があるなら払ってない賃金をよこせという怒号を社長に浴びせていました。けれど、社長は一円のお金も渡すことはありませんでしたし、また絶対にだれにもその食事ををわけ与えることはしませんでした。何度か本気で殴られたりしているらしいのですが、喧嘩になるとおばさんは怯えたようにどこかべつの部屋で隠れて収まるのをまちました。


「おじいさんが豊かだったころの金銭感覚のまま振舞うので借金が減らない」とおばさんが嘆くのを早乙女はよく耳にしていました。社長は家の中でシーズーを二匹飼い、かれらの餌を早乙女が買ってきたことも何度かあります。
社長は犬の餌に近くの定食屋の野菜炒めを利用していました。「薄味で」と注文し、それを夜道もって帰るのですが、道中に一度だけ白菜を一枚つまみ食いしたことがあります。あまりのうまさに憤りやら情けないやらで涙を流しました。

早乙女のその日の食事も、虫の食った古いそうめんでした。


早乙女の仕事は主に事務所での電話番でした。電話に出ることでおばさんたちに取次ぎしてもいいものか、そうでないものか判断するのです。

借金返済を迫る電話は本当によくかかってきました。これは取り次がないようにいわれていたので、必死で「しりません」と「わかりません」をくり返しました。それで引いてくれれば楽なものでしたが、中には事務所まで押しかけて来た業者もいました。早乙女はただのアルバイトということになっていたので、テレビでみるような危険な目にあったことはありませんでした。

しかし当然「アルバイト代はもらってんの?」と相手はきいてきますから、「まだ入ったばかりなので給料日にならないとわかりません」と答えていました。ここで「もらってる」「もらってない」もどちらかいってしまうと、早乙女に興味を示すのは明白だったからです。


夕方までそんなことをして、その後夕食の時間になるまで庭の草むしりをしていました。庭が終わると隣接する空き地の草むしりです。この空き地も社長の土地だったのですが、校庭くらいの広さがあるので毎日すこしずつやっていても、途方に暮れるくらい果てしないものでした。
水道工事の仕事もなく、毎日夜になると1階の応接間に布団を敷いて3人の日雇いのひとたちの横で眠りました。

そんな生活が一ヶ月も続いたころ、転機が訪れたのです。


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