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>入居後編>もしやの不思議体験?>消えたカブト虫1話 あの夏 |
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緩い坂道になっている草むらをかき分けてずんずん奥に進んでいくと、いつもの大きなくぬぎの木があった。 友人のT君は肩に掛けた虫かごをお腹の前に持ち直して蓋を開けた。 「…いる?」T君は声を潜めて幹の後ろを覗き込んでいる早乙女の背中にそっと声をかけた。 「うん、いるいる。カブ一匹とコクが二匹…」それから緑色のカナブンもいたのだけれど、その虫には興味がない。 「蜂はいないよね? お父さんがスズメバチに刺されたら死ぬっていってたよ」 「だいじょうぶ、蜂はいないみたい」 木の根元でそうっと背伸びをして手を伸ばした瞬間、気配に気づいた片方のコクワガタが樹液を貪るのを止めて素早く飛び立った。それを合図にカブト虫も慌てて羽を広げようとしたが、あっと声を出すより先に手が反応した早乙女は、とっさにその角を捕まえて手のひらで覆った。 カナブンは素早く葉の裏に隠れ、姿を見失ったもう片方のコクワガタは木を蹴飛ばすと足を縮めて落ちてきた。それも二匹。おまけで落ちてきたやつのほうが大きかった。 昼は大地を焦がすように照りつけた灼熱の太陽が紅みを増し、山の後ろに隠れようとしている。飛行機雲が早乙女たちの通っている小学校の真上から一直線に空を衝き抜けていた。田んぼの上ではトンボの群れが右に左に交わるように飛び回って小さな虫を追いかけ、青々とした稲穂は穏やかな風に揺れていた。 「どうする? 橋の木にも行ってみる?」いがぐり頭のT君は興奮気味にカブト虫一匹とコクワガタ二匹をかごに入れて、もう一箇所探してみようかと提案している。 T君は当時の早乙女の親友で、夏休みになると毎日連れ立っては虫捕りに山へ出かけていた。おかげで早乙女たちが探し当てたカブト虫やクワガタがいるポイント(樹液が染み出ているくぬぎ等の木)は毎年増えていき、やがて仲間たちと一緒に小学校を卒業して中学の部活動に明け暮れるようになると、そのポイントは一学年下の後輩たちに受け継がれていった。 T君がいう橋の木ポイントはノコギリクワガタが良くとれた。時々ミヤマクワガタやヒラタクワガタといったちょっと珍しい種類のクワガタも樹液を吸っているので本当なら真っ先に行きたいところなのだが、その道中にはよく吠える犬が二頭繋いである家があった。その犬たちは前を通過しようとするたび鎖を引き千切らんばかりの勢いで向かってくるので早乙女たちは恐くてしかたがなかった。 だからチャンスは犬がその家の誰かに連れられて散歩に出かける小一時間だけに限られているわけで、夕暮れ時の今がその唯一のチャンスだった。 トラクターで何度も踏み固められたでこぼこの道の端っこから様子を窺う。犬がいたとしたら、早乙女たちの匂いに気づいて吠え出す距離だ。 念のために庭先へ小石を放ってみた。頑丈な材木で建てられたこの大きな農家の敷地からはなんの反応もなかった。 「いないみたいだな」 早乙女とT君はお互いの顔を見て頷くと、せーの! で家の前の道の真ん中を一気に駆けた。バタバタと靴の裏が地面を叩き、汗を吸い込んだシャツが風に煽られからだに張りつく。やがて無事に走り抜けたことを確認すると、T君は重圧から解き放たれたのか大声で笑った。それに呼応して早乙女が歓喜の声を上げると、T君は「競争だー」といって飛行機の真似をしながらどこまでも走っていった。 ![]() 前へ← メニュー →続き |