実践!一人暮らし
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こぼしたミルク



三年間の修行で鮨屋の裏方の仕事はほとんどこなせるようになりました。あとはツケ場にいくだけです。いつ親方からよばれてもいいように、握りの練習は営業を終えてからこっそりとやっていました。
包丁もぴかぴかに磨き上げ、首をなが〜くしてその日を待ち望んでいたのです。


でも年上の同期がすこしずつ仕事場を厨房からツケ場に移していく中、早乙女はいつまでたっても裏で玉子を焼いたり、タラバガニを割ったりしていました。さすがに後輩に追い抜かれることはありませんでしたが、ツケ場に立たせてもらえないことに焦りといらだちを感じ始めていました。


ある日早乙女が休憩に入ったら、たまたま親方が遅いまかないをとっているところでした。親方はお客さんのまえでは大変饒舌でしたが、仲間内だけのときは必要なことしかしゃべらない、どちらかというと近寄りがたい存在でした。

早乙女と親方は黙々とまかない飯を食べていましたが、ふと、思い切ってツケ場に入れない理由をきいてみようと思ったのです。仕事はもう抜かりなくできる自信がありましたし、順番からいっても期は熟しているはずでした。

「あのう、親方ちょっといいですか?」
「・・・うん?」
「そろそろ、べつの仕事をおぼえたいのですが・・・」

「うぬう」親方はそう唸ってからすこしの間黙り込みました。
「なにか、まずいですか・・・?」

とくに表情を変えるようすもなく、やがて親方は口を開きました。
「・・・おまえ、いくつになった?」
早乙女はその時19歳になったばかりでした。
そう告げると、
「・・・まだ若すぎるんだ、おまえの場合よ」


親方の話す理由は以下のようなものでした。

世間で認められたいっぱしの高級店として、それなりに名のあるお客も多く来店するなか、まだ18,19歳の若造がその相手をすることが許されるのか。
中には酒をすすめてくるお客もいる、そこでまだ未成年であることは営業的に好ましくない。

おもにそのような理由でした。親方は暗に20歳になるまでまて、といっているのです。
あと一年いまのままで我慢していなければならないときいて、全身が青くなるくらい脱力したのをおぼえています(笑)


そのことがあってから、仕事に身が入らない日がつづきました。「どうせいま頑張ってもしょうがないじゃん」ていう気持ちが、目標をもつことをとめてしまっていたのです。
さらにもともと過酷な労働状況下、一日が本当にながく感じました。作業も単調なものになり、包丁をもつことに喜びすら感じなくなりました。

ひとことでいえばやる気をなくしてしまったのです。すると当然、覇気がなくなり集中力も散漫になりますから、ミスもするようになりました。


親方のいう通り、まだ若かったのかもしれません。早乙女ははじめて腐りました。まさに「ガラスの十代」です^^; 技術はひととおりあっても、人間が成熟していなかったんですね。
早乙女が「ようし、あと一年がんばるぞー」というのを親方は期待していたのかもしれないですね。いまとなっては、そう思います。


早乙女はお酒にはまりました。あまりおおきな声ではいえないですが、それまでも職場の同僚とよく居酒屋にいってはいましたが、部屋で飲むことはまずありませんでした。

仕事がはねてから連日連夜、純や樹氷といった焼酎をひとりでぐいぐい飲むようになりました。約700mlの瓶を一晩で空け、ちょっと仮眠してすぐまた仕事ですから、そんな毎日にからだがついていかず、ホントしんどかったです。

ほぼ同時期にたばこも習慣的に始めていました。たばこのヤニは洗ってもなかなか指からとれず、鮨ネタによっては臭いがつくのでぜったいやってはいけないことでした。


心身ともに荒んだ状態でした。間もなく青い早乙女がこのお店を離れたのは、どうみても救いのない必然だったんです;


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