実践!一人暮らし
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>プロフィール>昔その3

街は迷路



バッグに衣類と包丁を詰め、早乙女はだれにもあうことなく部屋をでました。とくに感傷だとか未練というものもありませんでした。おまけに荷物らしい荷物もありません。古びたバッグひとつ、それがすべてでした。


3年住んだこの部屋のドアを早乙女はゆっくりと閉めました。行くあてはありません。だのに足は歩を速め、やっと慣れてきたばかりのこの街をさまよい歩きました。

のんびり景色をみる余裕もなく、気ばかり急き「ああ、おれはなにをしてるのだ・・・」と汚れたGジャンの袖で汗をふくと、清々しいような、苦々しいような、複雑な感情が頭のなかでぐつぐつと煮だる思いがしました。


早乙女が主に寝床にしていた場所は、公園のベンチ、デパートの入り口通路のベンチ、繁華街の道路わきのベンチです。外で実際に眠れそうなところといったら、やっぱりベンチくらいしかないんです。

しかも夜にひとりで寝ることになるので治安のよしあしには気をくばりました。寝ていてもひとの足音や声といった気配を過敏に感じてしまい、初めのうちはなかなかうまく寝付けない日がつづきました。


季節は晩春だったのですが、夜、ベンチで横になっているとどこからか蚊がやってくるんです。耳元でプゥ〜ンなんてやられるわけですから、これも大きな問題でしたね。悩んだあげく最後は「気の済むまで吸ったらいいじゃん」なんて開き直りましたが^^;

夜間工事のドリルにくらべれば「まあ、まし」と思ったわけです。あれは我慢するしないの問題ではなかったです。


そういうわけでに寝床は慎重に選びました。一日中歩き回って寝床にできそうなベンチを毎日探すのです。

一箇所に落ち着かなかった理由はやはり、自分に合ったベンチがなかったからということになるでしょうか。
ちなみに早乙女は歩きつかれて鼻血をだしたことがあります。都会の人ごみの中、突然鼻から下が血に染まるわけですから焦りましたし、かなり恥ずかしかったです(´`)


食料はいくらばかりかの貯えを切り崩して、スーパーなどで調達していました。寝床にお金をかけると一泊数千円もの大金がかかるので、それよりは切り詰められる食事に使おうと思ったわけです。

なかでもチョコレートは重宝しました。値段が安いしカロリーが高いので空腹を満たすにはちょうどよかったんです。
あとよく食べたのがしょうゆせんべい。大きいし歯ごたえがあり、よくかまないと飲みこめないですから、腹がすくたび一枚取り出してばりばりかじっていました。

パン類は飲み物がないと食べられないタチなので、ほとんど口にすることはなかったです。痛みやすく日持ちが利かないという点も選択しづらい理由でした。


風がふくと足もとと首筋が冷え込みました。ベンチに寝っ転がって闇に浮かぶ月を眺めると、つい地元の家族のことを考えてしまいました。家族は早乙女が店をやめたことはしりません。だから家にもどることはできないと思いましたし、また再び自分できちんとしたものを食べられるだけの力をつけるまでもどるべきではないと決めていました。

これからどうしたらいいのか、目的を失くした早乙女はただおろおろと放浪をつづけるだけでした。公衆トイレでみる自分の顔は情けないほど現状を物語っていました。
風呂に入りたい、屋根があって布団を敷けるところで眠りたい・・・その思いは徐々に、そして切実に早乙女の中で膨らんでいきました。


そんな、地中でひざを抱えているような日々がどれだけ過ぎたのでしょうか。日付に意味をなくしてから昨日が一昨日でもまたその前でも同じようなものでしたし、知る意味もありませんでした。すこし陽が長くなってきた・・・蚊が増えた・・・わかるのはそんな程度です。しかしそういうわずかな変化が季節の移り変わりを告げていました。
なにより手持ちのお金の乏しさが、過ぎ去った時間を示していました。

「なんとかしなくちゃ」早乙女は自分の若さを初めて慶びとして受け容れることができました。
よし、おれはまだ若いんだ、と。


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